「あなたの心に…」
Act.14 鳥の唐揚げは好きですか?
マンションの近くのコンビニの前で、ヒカリ&妹さんと待ち合わせしたの。
ヒカリの妹っておとなしい感じの印象を勝手に持ってしまっていたけど、
ご本人はすこぶる元気者だったわ。
これなら変に気を使わなくてもよさそう。
「あの、惣流さん」
「アスカでいいわよ」
「じゃ、アスカさん!少し待っていただけますか?」
「ん?いいけど」
彼女は返事を聞く前に、コンビニの中に飛び込んでいったわ。
「ヒカリ?どうしたの?」
「さあ?」
あ、アンタ、知ってるね。嘘の苦手なヤツ。
店の中を見ると、カウンターのところで妹さんが店員と押し問答を始めていたわ。
「もう!ノゾミのヤツったら!アスカはここにいてね!」
そう言い残して、ヒカリはコンビニの中へ走っていったの。
そっか、妹さんの名前はノゾミちゃんか…。
わ!ヒカリったら、ノゾミちゃんの頭をグーで小突いて、店員に頭を下げてるわ。
どうしたのかな?
しばらくして、二人して中から出てきたけど、ノゾミちゃんは膨れっ面だ。
「どうしたの?」
「お姉ちゃんのバカ!」
「バカはノゾミでしょ。コンビニでそんなこと頼んじゃ駄目」
「だってぇ、剥き出しじゃプレゼントにならないもん」
はは〜ん、そういうことか。
「ノゾミちゃん、お姉ちゃんは形や飾りにはこだわらないわよ。気持が一番!」
私はそう言って、人差し指を一本グイッと立てて見せたわ。
ノゾミちゃんの顔がパッと明るくなる。
「やった!あの、これ、お誕生日おめでとうございます!」
ノゾミちゃんは後ろ手に持っていたチョコレートを私に胸の前に捧げたの。
「ありがと!嬉しいよ!」
私は恭しくそのチョコレートを戴いたわ。
「アスカ、あんまり喜ばないでよ。この子、海老で鯛を釣る気なんだから」
「へ?」
「200円のチョコレートひとつで、ご馳走をゲット!て感じ」
「あ〜ん、お姉ちゃん酷い!200円でもノゾミには大金なんだぞ」
「ノゾミ、昨日コミック3冊も買ってたでしょ」
「だって、今日こんなイベントがあるって知らなかったもん。
知ってたらアスカさんへのプレゼントに回してたもん。
それにお小遣いの前借させてくれなかったの、お姉ちゃんじゃない!」
私は笑い出してしまった。
いいなぁ…姉妹って。
二人の姉妹漫才は、ご馳走を前にしても続いていた。
ノゾミちゃんがボケで、ヒカリがツッコミね。
確か三人姉妹だから、姉妹全員が揃ったらトリオ漫才になるのかしら。
「いいわねぇ、兄弟って。うちはアスカ一人だから」
「何言ってんのよ。ママなんか時々、私の姉になりすますくせに」
「え?それどういうことですか?」
「こらノゾミ。口の中のもの見せないの!」
「あのね、この人ったら、知らない人にご兄弟ですかなんてお愛想言われたら、
白々しく『そうなんです。10才違いなんですよ』って10才もサバ読むのよ!」
「酷いわ、アスカ。アナタはよぼよぼのお母さんが望みなのね」
またこれだ。嘘泣きは止めて。ママのこの性格、私に遺伝しなくて良かった。
「いえ、お母さん本当に20代半ばに見えます。アスカと姉妹で充分通用しますよ」
ママは即時回復したわ。いつものことだけど。
「そう?嬉しいわ。さあ、どんどん食べてね。まだお代わりもあるから」
「はい!」
お愛想を言ったのはヒカリだけど、いい返事をしたのはノゾミちゃん。
鳥の唐揚げを気に入ったのか、ノゾミちゃんはもう10個以上食べてるよ。
ヒカリ、アンタちゃんと食べさせてる?
それにしても、今日の鳥の唐揚げの量は尋常じゃないわね。
50個以上はあるわ。何時の間にこんなに揚げたんだろう?
「やっぱり、アスカの妹か弟欲しいわ。私も一人っ子だったから、兄弟に憧れるのよ」
「やめてよね。恥ずかしいから、その年で産まないでよ」
「でも、アスカ。30代半ばで出産なんて別におかしくないわよ」
「ね!ほら、私頑張ってみようかな…」
「もう!ヒカリ、焚きつけないでよ!この人すぐにその気になるんだから!」
「アスカさんは兄弟いらないんですか?」
「へ?そうね…あってもいいかも…」
その時、私の脳裏にはマナの笑顔があったの。マナみたいな妹なら欲しいな…。
私の顔を横目で見ながら、ヒカリがほくそ笑みながらママに言ったわ。
「そうだ。お母さん、子供ならもう一人簡単に増やすことができますよ」
「え?どうするの?ノゾミちゃんを養子にいただけるとか」
「あ、毎日ご馳走してもらえます?」
「もちろん!」
「お姉ちゃん、私明日からアスカさんの妹にな、イテッ!」
ヒカリの拳骨がノゾミちゃんの頭に炸裂したわ。
「これは差し上げられませんけど、男の子が、しかもとてもいい子が」
「あら、私の知ってる子かしら?」
「はい、お隣の碇君」
「ま、それは素晴らしいわ。私、あの子なら是非息子にしたいわ」
「こらヒカリ、アンタ、勝手にアイツをうちの養子にするんじゃないの」
アイツ確か6月生まれだから、
私「オニイチャ〜ン」なんて言わないといけないじゃない。
そんなのとんでもないわ。あんなの兄と呼べますかっての。
私は膨れてオレンジジュースを飲んだわ。
「養子じゃないんです」
「じゃなに?」
「碇君をアスカと結婚させればいいんです」
プファ〜!私は、口の中のジュースを目の前の鳥の唐揚げに吹き出しちゃった。
う〜、まだ食べてなかったのに、って、そうじゃない!
「ひ、ヒカリ!どうして私がアイツと」
「アスカ、お行儀が悪いわよ。そうね、その手があったわね」
「アスカさん、もう婚約者がいらっしゃったんですか!」
「碇君とならお似合いのカップルですよ」
あ、アンタたち好き勝手に!
「私はアイツに関心ないって、何回言ったら気がすむのよ!」
「だって信じられないもの」
「信じるも信じないもない!本人が断言してるんだから!」
ヒカリもママも大概にしてよ!ノゾミちゃんが信じちゃうじゃない。
「ね、ノゾミちゃん、信じないでね。ヒカリお姉ちゃんは嘘つきだからね」
「あ、酷い。私、本当のことを」
「じゃ、アンタはどうなのよ。好きな人いるんじゃないの?」
「え!お姉ちゃん、そんなのいるの?」
「いるいる。あのね…」
「アスカ、待って!言っちゃ駄目!鈴原のことは…」
口が滑ったわね、ヒカリ。
すっかり硬直しちゃってるじゃない。もう遅いわ。
「そっか、鈴原さんっていうんだ。アスカさん、それって同級生?」
私が返事をしようとしたら、
ヒカリが復旧してノゾミちゃんを羽交い絞めにして、廊下へ連れ去ったわ。
それを見送って、私とママは顔を見合わしたの。
そして、破顔一笑。やっぱり兄弟っていいわね。
「あのさ、ママ…」
「なあに?」
「欲しかったら、いいよ、弟か妹」
「ま、アスカはママを独り占めできなくても寂しくないの?」
「別に…」
私は恥ずかしくてソッポを向いちゃった。
「う〜ん、パパと相談しないと駄目ねぇ。相手が要る話だし」
あ、アンタ年頃の娘の前で何を言うか!
「それに碇君を義理の息子にしたいな、って思ってたから」
「妹、妹にしなさいよ!決定!私は姉になるの。アイツはいらないの!」
「あら、一番簡単で確実な線だと思ってたのに、違うの?」
「違う!違う!違う!あと何人産んでもいいから、私とアイツをくっつけないで!」
マナとヒカリとママ、この三馬鹿は頭おかしいんじゃない!
私とアイツはそんなんじゃないの!
「今日は本当にありがとうございました」
「ごちそうになりました!」
玄関で洞木姉妹が頭を下げた。
「何言ってんの。お礼を言うのは私の方でしょ。
ありがとう。嬉しかったわ。ノゾミちゃんのプレゼントもね」
ノゾミちゃんはエヘッと舌を出して首をすくめたわ。
「あらアスカ、私のは?」
「もちろん、ヒカリのもよ!
赤は私のイメージカラーだから。毎日あのエプロン使うわね」
ヒカリがにっこり笑った。お手製のエプロンなんて凄いわ。
私の編物なんか、ほとんど進んでないのに。
「あの…お母様?」
ヒカリがママにやっぱり聞いておこうという感じで問い掛けたの。
「今日の鳥の唐揚げなんですが、いつものお弁当の味と違ったんですけど…」
「あら、さすが洞木さんね。うちのアスカは全然気付かなかったのに」
「いつもは洋風でしたけど、今日はちょっとスパイスが濃くしてましたよね。
中華風でもないし、どういう風にされているのか気になって」
「いやだ、お姉ちゃん。主婦みたい」
「おいしいもの食べたくないの?」
「しっかり聞いてね、お姉さま」
ノゾミちゃん、太るぞ。
「ごめんね、多分イタリア風だと思うんだけど、あれ私じゃないの」
「あ、そうだったんですか」
「ご近所の方に戴いたの。今度聞いておくわ」
「すみません。変なこと聞いちゃって」
「いいのよ。わかったら、アスカに伝えてもらうわ」
二人を送りにエレベーターで降りていく途中、ヒカリが横目で私を見るの。
「何?その目」
「私、あの味に覚えがあるの」
「へぇ〜そうなの」
「1年半くらい前。マナのお弁当箱でね」
「ふぇっ!」
「当然作ったのは、碇君。ということはご近所の方って、お隣さんじゃないの?」
「嘘…。知らないわよ、私」
「ふ〜ん、お母さんはすべて了解済みって感じだったけど?」
「知らないわよ、ホント。信じてよ」
「やっぱり碇君は…」
密室で尋問とはヒカリもやるわね。どうしよ…。
「あの…、お姉ちゃんたち、もう一回上がる?」
扉を押さえながら、ノゾミちゃんが恐る恐る言ったの。
よかった、逃げられた。
ヒカリ、アンタ刑事になれるよ。
でも、ホントにそうなのかな?アイツが作ったんだろうか?
「ねえママ。これアイツ?」
私は家に帰って、私の吹き出したオレンジジュース塗れの鳥の唐揚げを指差したの。
「あら、ご明察。でもヒカリちゃんでしょ。見破ったの」
「そうよ。私の味覚はそこまで鋭敏じゃないもん」
別にこんなところで見栄は張らないわ。
「アナタがお迎えに行ってる間に、持ってきてくれたのよ、碇君。食べてくださいって」
「へぇ…そうなんだ」
私は唐揚げを手でつまんで、口へ持っていった。
やっぱりオレンジジュースの味がしちゃう。
悪いことしちゃったな、アイツに。ふと、そう思ったの。
「ね、これ私が責任とって食べるからね」
私は後15個ほど残ったお皿を見ながら、洗い物をしているママに言ったわ。
やったことの責任はとらなきゃね。
「あら、じゃ手を加える?そのジュースの味を消せるように」
「いいわ、悪いから」
せっかく作ってくれたんだから作り直すのは失礼よ。
アイツにだって私の料理を食べさせてるんだから、これで五分五分。
2個目を頬張ってる私を微笑んで見ているママに気がついた。
「何よ」
「素直なアスカ、大好きよ」
「は?」
わかんない。時々ママはわけのわからない発言をするわね。
「そうそう、そのケーキ早く持っていってあげなさいよ」
「はい?」
ママが見ているのは、キッチンの調理台に置かれた一切れのケーキ。
「誰に?」
「あれ?違ったの?わざわざ一切れだけ残したからてっきり…」
大きなバースデイケーキは、女性4人がかりでかなり小さくなったの。
1/4くらいね。それをヒカリの家にお土産にしたの。
お父さんとお姉さんに。
でも夜勤のお父さんの分は、ノゾミちゃんのお腹に納まっちゃいそう。
4人分には足りないし、2人分には大きすぎる。
だから三等分して、2個を持って帰ってもらったんだけど…。
あと一切れは私かママが後で食べたらいいかな、って。
「なぁんだ。アスカも14才になったから、優しくなったとママ感激したのに」
私は気づいた。どうしても話をそっちに持っていくのね。
「わかったわよ。アイツんとこ、持っていってあげるから」
立ち上がって食器棚から出したケーキ皿に残ったケーキを。
う〜ん、苺の一つくらい残しといたらよかったわね。
そして軽くラップして、玄関へ向かったわ。
「ゆっくりしてきていいわよ」
背中に投げかけられた能天気な一言に返事はしないで、私は扉を開けたわ。
もう、ヒカリといい、ママといい、やってらんないわ!
Act.14 鳥の唐揚げは好きですか? ―終―
<あとがき>
こんにちは、ジュンです。
第14話です。『アスカ、14才のバースデイ』編の中編になります。
前編でシンジが慌てて帰宅したのは、こういうワケだったんです。
今回の作品のアスカは、LASを読みなれている方には違和感たっぷりだと思います。
素直に自分の考えを表に出しますから。シンジに対しても一緒です。
今のところは!いつ、本心を隠すようになるのか?
それはもうしばらく先になりますので、
その間はシンジへ無意識にラブラブ光線を浴びせつづけているアスカ嬢をお楽しみください。
何しろ、アスカ本人にその自覚が全くないのですから。